行事報告

知覧ツアー「富屋旅館宿泊、知覧特攻平和館見学他」

8月29日~30日に関西APRAメンバ-を中心に知覧ツアーを開催しました。

7社11名(小学1年生1名と参加者のご両親も含みます)がご参加いただけ、悲しい歴史を学びました。

参加者が感じたことはAPRA代表の橋本さんのブログに上手く纏められていますので、引用させていただきます。

今日は知覧特攻平和会館に行って来ました。

3度目の訪問ですが、これまでとは全く違うものとなりました。

まずは昨日、宿泊した富屋旅館で特攻に関する新しい知識を得れたこと。

そして、たっぷりと時間を取って回れたこと。

最後が、映画『僕は、君のためにこそ死ににいく』を鑑賞したことです。

この映画は2007年に石原慎太郎が制作総指揮と脚本を手がけ、公開されました。

特攻の母と言われた富屋食堂の鳥濱トメさんと特攻隊員達の交流という史実に基づいて制作されました。

知覧特攻平和会館で拝見した鳥濱トメさんのインタビューを忠実に再現していることが分かり、心に染みました。

決して戦争賛美とか右とか左とかいうのではなく、そこには若き特攻隊員の人間として美しい姿が描かれていました。

高い精神性、死と隣り合わせの達観した言動、親兄弟や妻や恋人を思う純粋な心、そのすべてを飲み込んで特攻隊員として死んでいく覚悟が表現されていました。

トメさんや関わった方の話から、その姿が菩薩のように美しかったのだと想像出来ます。

現代に生きる我々が是非とも身に付けたい人間としての美しさの見本が特攻隊員だったのだと思います。

彼らが託した未来を光輝くものにするためにも、人間としての『美しさ』を追求していきたいです。

映画を見終わった後、感想交換と私たちが何をできるか?を話し合いました。

■歴史を正しく学び、後世に伝えていく

■立派と言われる日本人に育てる

■美しい心を持つ日本人を育てる

江田島の海軍兵学校で拝見した遺書も16~17歳の少年飛行兵の方の書かれた遺書も共に「立派なひとりの人」を感じる文面でした。戦前の教育には賛否両輪あるかと思いますが「人としてどう自分や親兄弟、周囲と向き合って生きるか」については、きちんと教育をされ、それを自分なりに実践していたと感じます。

追記

丹頂さんの娘さんは小学一年生ですが、2時間を超える映画『僕は、君のためにこそ死ににいく』の間、身じろぎもせず、しっかりと画面を見つめていました。凄いと思います。参加者全員感心していました。

富屋食堂。陸軍御用達の食堂で、ここに特攻隊員が食事をしにきました。現在は「ホタル館」という資料館になっていますが、相当に濃い中身です。

富屋旅館です。サイン帳の1冊目は平成10年。現在は平成28年の物になっています。1冊目には「元陸軍少尉」や「元陸軍飛行兵」の方も寄せられていました。歌を書かれている方も多かったです。

旅館内の資料は撮影禁止なのですが、この写真だけはどうしても撮りたくて・・・。天皇陛下と鳥濱トメさんの文字の並びに凄く考えさせられました。昭和52年ですから、当然、昭和天皇です。昭和52年4月29日にお二人の心中はいかがなものだったのでしょうか?

特攻隊員が集った大広間で朝食を戴きました。

特攻で散った若者がホタルになって帰ってきたと言われる庭の小さな池です。鳥濱トメさんに会いたい若者はこの池に帰ってきます。映画の中で「靖国で会おう」という言葉が出てきます。「靖国」というと報道のせいか、マイナスイメージが付きまといますが、今回のツアー参加者は「靖国で会おう」という言葉は当時の若者にとってプラス言葉でがあったことを知ることができました。この言葉があるからこそ、死にに行けたと思います。

30分の講話を聞いた後、2時間半の自由行動でも時間が足りませんでした。行かれるときは、時間を余分に取っておいた方が良いです。

特攻に行く日までを過ごす兵舎です。人生の最後の数日を過ごすには厳しい環境ですが、贅沢に慣れきった私たちの感想かも知れません。夜、寝付かれないときにどんな思いがあったのか・・・、と考えると堪りません。

全員が16~18歳。出撃する前日の写真です。明日、死にに行く顔に見えません。私たちの身近に彼らに似た顔をしている人がいます。今の時代なら、クラブ活動や大学進学、アルバイト、デート、バンド活動といった事に熱中している子達と同世代なのです。私の中で大切にしたい1枚の写真となりました。

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